迷ったら、やる

熊本で大きな地震が起きたとき、支援物資を車に積み、三重県鈴鹿市から約12時間かけて現地へ向かいました。
自分たちが行くことに、本当に意味があるのか。 かえって迷惑にならないだろうか。 物資を、本当に必要としている人に届けられるのか。
そんな不安もありました。
それでも、「今、自分にできることがあるなら」と考え、車を走らせました。
本当に困っている人へ、直接届けたい
熊本に到着したのは、午前11時ごろ。そこから夜の8時まで、ほとんど休むことなく、各地を車で走り回りました。

決められた場所に物資を置いて帰るのではなく、本当に困っている人へ直接届けたい。その思いで、現地の方々に話を聞きながら、支援が届いていない場所を探しました。
そして、たどり着いた場所の一つが市営団地でした。
そこには、物資が配られている場所まで自分で行くことが難しいお年寄りや、小さなこどもを抱えた家族が暮らしていました。そもそも、どこで支援物資が配られているのか、その情報さえ届いていなかった方もいたのかもしれません。
物資を直接手渡すと、
「本当に助かった」 「わざわざありがとう」
と、何度も何度も声をかけてくださいました。
その言葉を聞いたとき、自分たちが運んできたものは、ただの水や食料、日用品ではなく、目の前の人の安心につながっているのだと実感しました。
あの赤ちゃんの、ふっとした笑顔
今でも、特に忘れられない光景があります。
生まれて半年から1年ほどの赤ちゃんを抱いたお母さんが、支援物資を受け取りに来ていました。厳しい暑さの中、赤ちゃんの顔は真っ赤でした。
熱中症になってしまうのではないか。そう思うほど苦しそうに見えた赤ちゃんを、冷たいタオルのようなもので包んであげました。
すると、少し安心したように、ふっと笑ってくれました。
その小さな笑顔を見た瞬間、胸がいっぱいになりました。
あのとき、熊本まで来ていなければ。 市営団地まで足を運んでいなければ。 目の前の親子に声をかけていなければ。
あの笑顔を見ることはありませんでした。
画面越しでは、分からないことがある
テレビやSNSでも、被災地の状況を知ることはできます。
けれど、現地の暑さや緊張感、人々の余裕のなさ、そこで交わされる言葉や表情、その場に流れている空気までは、画面越しでは分かりません。
支援物資の仕分けを手伝う中学生の姿もありました。本来であれば、誰かに守られる側であるはずのこどもたちまで、自分にできることを探し、懸命に動いていました。
実際に行ったからこそ、分かったことがあります。 動いたからこそ、届けられたものがあります。
迷ったら、やる
もちろん、自分たちにできたことは、被害の大きさから考えれば、ほんのわずかなことだったと思います。
それでも、市営団地の方々の「助かった」という言葉や、あの赤ちゃんの笑顔は、行動しなければ生まれなかったものです。
迷っている間にも、状況は刻一刻と変わっていきます。
「やりたいけれど、やめておこう」 「誰かがやってくれるだろう」
そう考えて立ち止まっている間に、その瞬間にしかできなかったことが、できなくなってしまうかもしれません。
だから僕は、この経験を通して強く思いました。
迷ったら、やる。
困っている人がいたら、手を差し伸べる。大きなことができなくても、自分にできる一歩を踏み出す。
こどもたちにも、そんな行動力のある人になってほしいと思っています。そして、こどもにそう願うのであれば、まずは大人である僕たちが、行動する背中を見せることが大切なのかもしれません。
誰かのために踏み出した一歩は、いつか自分が迷ったときにも、自分自身を支えてくれる力になる。
一人では、踏み出せなかった
そして、もう一つ、忘れてはいけないことがあります。
この行動は、僕一人ではできませんでした。「一緒に行こう」と隣で動いてくれた先輩がいたからこそ、踏み出せた一歩でした。もし一人だったら、迷っているうちに、行くのをやめていたかもしれません。
迷ったときに背中を押してくれる人、同じ方向を向いて一緒に動いてくれる仲間がいる。その環境そのものが、一歩を踏み出す力になるのだと、あらためて感じました。
そしてこれは、こどもにとっても同じなのかもしれません。一緒に挑戦できる友だちや、そばで見守ってくれる大人がいる。そんな環境の中でこそ、こどもは安心して、自分の一歩を踏み出せるのだと思います。
午前11時から夜8時まで、熊本の各地を走り回ったあの日。あの一日は、支援をするために向かった僕自身が、人として大切なことを教えてもらった一日でもありました。
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