みんなやってるのに、うちの子だけやらない
体験教室のすみっこで、うちの子だけが体育座りをしている。
ほかの子は輪の中で笑っていて、こちらは先生に目で謝りながら、「ほら、行っておいで」と背中に手を当てる。あの手のひらの、少しだけ焦った感じ。みんなやってるのに、うちの子だけやらない。その一分が、やけに長く感じます。
早く輪に入ってほしいと思ってしまうのは、こどもを思う気持ちと、まわりの目が気になる気持ちが半分ずつ混ざっているからだと思います。それは薄情でもなんでもなくて、たぶん、ほとんどの親がそうです。
見ている子は、案外いそがしい
輪の外にいる子は、何もしていないように見えて、実はいろいろ見ています。順番はどうなっているのか。失敗した子はどうなったのか。あれは痛そうか、痛くなさそうか。

だから、外から見ている時間は、たぶん空白ではありません。入るかどうかを決めるために、その子なりに材料を集めている時間なのだろうと感じています。
そこへ「早く行きなさい」が入ると、材料を集めている途中で決断だけを迫られることになります。急かされた側は、たいてい固まります。
金曜教室で「やらない」と言われたら
金曜教室では、やるかやらないかも、その子が決めていいことにしています。無理には誘いません。本人が「やらない」と決めたのなら、それも一つの選択として受け止めます。
メニューの中にも選択肢を置いています。たとえば、少し難しいコースと、そこまで難しくないコース。どちらをやるかは、こども自身が選びます。
失敗して泣いてしまったときは、そばに居ながら、自分で立ち上がるまで待つようにしています。突き放しているわけではなく、声はかけますし、危ないときはもちろんすぐに入ります。ただ、立ち上がる最後のところだけは、本人に残しておきたいと思っています。
はたから見ると、ただ待っているだけの時間です。正直に言えば、待つ側もそこそこ落ち着きません。それでも先に手を出してしまうと、その一回が本人のものでなくなる気がして、こらえています。
「やらない」を選べた子は、「やる」も選べる
やらされた一回は、うまくいっても本人の中に残りにくいのだろうと思っています。誰かに決められたことは、誰かのものだからです。
反対に、「今日はやらない」と自分で言えた子は、自分で決めるという手つきを一度使ったことになります。次に「やる」と決めるときも、その手つきが要ります。
だから、輪に入るかどうかで迷っている場面での「やらない」は、投げ出しとは少し違うのだろうと思います。少なくとも金曜教室では、それも立派な決断のひとつとして受け止めています。
家では、最後のひと言を残しておく
とはいえ、家で毎回これをやるのは無理だと思います。夕食もお風呂も待っていますし、まわりに人がいればなおさらです。
もし一つだけ選べるなら、「行くか、行かないか」の最後のひと言を、本人に残しておくこと。決めるのを待つあいだ、隣で黙っているのは、正直かなり忍耐がいります。でも、その沈黙は放置ではありません。
金曜教室は、鈴鹿市武道館の第一道場で、はだしで畳の上を走ります。毎週金曜の16時50分から17時50分、3歳から小学6年生のこどもが対象です。開講日・会場は変更になる場合がありますので、お申し込みのときにご確認ください。
無料体験を受け付けています。お友だちやきょうだいと一緒でも大丈夫です。その日に見ているだけにするか、途中から入るかは、本人が決めてくれたらと思っています。
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素晴らしい!芦田塾の理念を大切にしてくれていることがよく分かります。 代表 芦田より
2026/8/24
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