習い事の体験に行くと、固まって動かない
体験の日にこどもが固まって動かないと、横に立っている親のほうが、気が気ではなくなります。
ただ、あの一時間は、その子がいちばんよく見ている時間なのかもしれません。
靴を脱いだところで足が止まる。うしろから背中を押しても、親の脚にしがみついたまま離れない。まわりの子はもう走っていて、こちらだけが端に取り残されたように見える。習い事の体験に行くと固まって動かない、というのは、そういう時間のことです。
帰り道に「せっかく行ったのに」と言ってしまった日があっても、それはこどもをせかしたいからではないはずです。この子だけ機会を逃してしまうんじゃないか、という不安のほうが先に立つ。私は、そこは責められることではないと考えています。
動かない時間は、なにもしていない時間ではない
端に立っている子を横から見ていると、目だけがよく動いていることがあります。
どこからどこまで走るのか。順番はどう回っているのか。転んだ子はどうなったのか。入るとしたら、どのすき間なら入れそうか。そういうものを、あの短い時間で測っている子もいます。
外から見ると止まっているだけの時間が、その子にとっては忙しい時間なのかもしれない。私はそう思って、あの背中を見ています。
入るかどうかは、本人が決めてくれたらいい
金曜教室では、メニューの中に選択肢を置いています。たとえば右のコースか左のコースか、少し難しいほうかやさしいほうか。どちらをやるかは、こども自身が決めます。
そして、やるかやらないかも本人が決めます。無理にやらせることはしません。「今日はやらない」と本人が決めたのなら、それはそれでいい、と受け取るようにしています。
失敗して転んでも、泣いてしまっても、そばにはいますし、声もかけます。ただ、すぐに手を引いて立たせることはしません。自分で立ち上がるまで待ちます。自分で立てた、という手ざわりは本人の中に残るからです。おうちでつい手を貸してしまうこととは別の話で、そちらを責めたいわけではありません。

はだしで畳の上を走る鬼ごっこも、ボール遊びも、サーキット遊びも、入り口はいつも同じです。入るかどうかを、こちらが決めない。
「見ていただけ」の一時間を、どう持ち帰るか
一時間まるごと、はしっこで見ているだけ。そういう日があってもいい、というのが金曜教室の立場です。
帰り道に「どうして行かなかったの」と聞きたくなる気持ちは、よくわかります。ただ、こどもは理由をうまく言葉にできないことがあって、返ってくるのは「わからない」か、沈黙だったりします。
だから、行けたこと自体をそのまま置いておくくらいで、ちょうどいいのだと思っています。知らない場所に入って、知らない大人と知らない遊びのなかに一時間いて、帰ってきた。それだけでも、こどもにとっては小さくない一日です。
またの機会に、輪の少しだけ近くから見てくれたら。こちらは、それくらいの速さでいいと思っています。見ているだけの一時間も、その子がその日にできる参加の仕方だからです。
金曜教室では、鈴鹿市武道館 第一道場で、はだしで畳の上を走ります。毎週金曜の16時50分から17時50分、3歳から小学6年生のこどもが対象です。開講日・会場は変更になる場合がありますので、お申し込みのときにご確認ください。
無料体験を受け付けています。お友だちやきょうだいと一緒に来ていただいても大丈夫です。
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