遊んでばかりで身についているのかわからない
遊んでばかりだなと思ってしまう日があります。
夕飯の支度をしながら床いっぱいにブロックを広げている背中を見ている。そんな夕方はありませんか。
同い年の子がひらがなを書けるようになったと帰り道で聞いた日はなおさらです。
遊んでばかりで身についているのかわからない。
そう思ってしまうのは、遊びを軽く見ているからではなくて、この子の先をちゃんと考えているからです。同じ夕方を過ごしている方は少なくないと思います。
進み具合がどこにも残らない
習い事の中には進んだところが目に見えるものがあります。級や段が上がる。楽譜が次のページに進む。かばんから出てくるプリントで書ける字が増えていく。
机の上に残るので今どのあたりにいるのかを後から確かめられます。
公園で走りまわった一日にはそれがありません。
金曜教室も同じです。決まったカリキュラムはなくて、その日のテーマと、来たこどもたちの様子を見ながら、鬼ごっこやサーキット遊びを組み合わせて一時間を作ります。今日どこまで進んだかを紙にして渡す方法を、私も持っていません。

身についているのかわからない、という感覚の正体は、たぶんここです。何も起きていないのではありません。起きたことを後から見返す形がないのです。
進み具合がないということは、こどもの側にも「今日はここまでやらないといけない」がない、ということでもあります。
テストで測れない力と呼ばれているもの
最近は点数で測れないほうの力をまとめて非認知能力と呼ぶことがあります。やってみようとする気持ちやもう一度やる粘りのことだと言われています。
ただこちらも家の中で測れるものではありません。手元に何か残るわけでもない。
正直に言うと私もここは断定できません。一時間遊んだから何が育ったと言い切れるものではありません。
残らないから家で残しておく
そこでひとつだけ思いつくことがあります。
測るのではなくこちらの手元に書いておくことです。
夕飯のあと、台所で手を拭いたついでに、冷蔵庫に貼ってあるカレンダーの端へ、その日やっていたことを一言だけ書く。「ブロック」「鬼ごっこ」「自転車」。それだけです。上手だったとか、集中していたとか、評価は書かなくていいと思います。
こどもに聞かなくても大丈夫です。見ていたほうが黙って書くだけという形もあります。
一日ぶんだとただのメモです。ひと月ぶんたまるとカレンダー一枚の記録になります。ブロックの日が続いていたり途中から自転車に変わっていたり。

正直なところ手元のカレンダーだけでは答えの半分です。「身についたか」はやっぱりわかりません。
それでもこちらの落ち着かなさのほうは行き先が変わります。身についたかは今日も明日もわかりません。でも、この子が何を選んで時間を使っているかは、今日から数えられます。
毎日は書けません。忘れた日は空けておいて大丈夫です。書けた日だけでも並ぶとよく選んでいた遊びのほうは見えてきます。
こどもの何かが変わるという話ではありません。落ち着かないのはこちらのほうなので、こちらの手元に残しておく、というだけの話です。
紙に残らないぶん言葉でお渡しします
金曜教室では、右のコースか左のコースか、やるかやらないかも、こども自身が決めます。うまくいかなくて止まってしまったあとも、本人がもう一度動きだすまで待ちます。
体験のあとにはその日の様子を簡単にお伝えしています。畳の上の一時間でその子が何をどう選んでいたか。表に書けないことなので言葉でお渡しできたらと思っています。
一度見に来ていただけたらうれしいです。
毎週金曜の16時50分から17時50分に、鈴鹿市武道館の第一道場で3歳から小学6年生までが畳の上ではだしで遊びます。開講日や会場は変更になる場合がありますので、日程はお申し込みのときにご確認ください。
無料の体験ができます。体験日はお申し込みのあとで相談できるので、まず枠だけ押さえてもらえれば大丈夫です。ひとりで心細そうならお友だち・きょうだいと一緒でもかまいません。体験の一時間は見学しながら過ごしていただけます。
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