ほめて育てたいのにほめるところが見つからない
ほめるところが見つからないのは見ていないからではありません。
夕飯の鍋を火にかけながら、宿題は、お風呂は、明日の支度は、と声をかける。あとから思い返すと、今日この子にかけた言葉が、ぜんぶ「まだ」で始まっていた。
寝顔を見て、そういえば今日、一回もほめていない、と思う。
ほめて育てたいとは思っています。思っているのに、いざ、今日この子のどこをほめられただろうかと探すと、そこで手が止まる。
探し方が下手なのでも愛情が足りないのでもありません。
「まだ」のほうが先に目に入る
平日の夕方は、やることが「済んだか、まだか」で進みます。
宿題は済んだか。お風呂は済んだか。ランドセルの中身は出したか。
段取りを回している目には済んでいないほうが先に飛びこんできます。声に出るのもそちらからです。
これは責める話ではなくて夕方という時間のほうの話だと思っています。夕飯も、お風呂も、寝る時間も、後ろへはずらせません。
そういう夕方に、ほめる材料だけを別枠で探すのは、とても難しいことだと思います。
探しているのが「できたこと」だけになっていないか
もうひとつ探し場所の話があります。
ほめようとするときにまず探すのは「できたこと」かもしれません。跳べた。書けた。勝った。ひとりで行けた。
けれど、そうやって目に見える形になる「できた」は、毎日そろうわけではありません。
そこだけを探していると材料は足りなくなります。足りないのは、この子に何も無かったからではなくて、探している棚がひとつしかないからです。

金曜教室でこちらが見ていたい場所
金曜教室では、メニューの中に選択肢を置いています。右のコースか左のコースか。難しいほうか、やさしいほうか。やるか、やらないか。決めるのはこども本人です。
跳べたかどうかより先に、その子が今日どちらを選んだかを見ていたい、と思っています。
選ぶ場面は、跳べた日にも、跳べなかった日にも同じように起きます。棚がもうひとつあるというのはそういう意味です。その日その子が選んだことのほうが探していた「ほめるところ」だと思っています。
運動が得意な子も、今日はじめて来た子も、同じ畳の上ではだしで遊びます。誰も置いていかない場でいたいと思っています。
ほめて引き出すというやり方でやっています。

今日ひとつだけ言うとしたら
家の形にするとこうなると思います。
洗い物をしながら、その日こどもが自分で選んでいた場面を、ひとつだけ口に出す。
「その靴下、自分で出してきたんだね」「ブロック、赤から並べてたね」。
上手だね、えらいね、が出てくる日は、それでいいと思います。出てこない日に、見たことだけを言う手もある、という話です。ほめ言葉を新しく探さなくても見たことはそのまま言えます。そして、その子が選んでいた場面は、こちらがほめたかったところそのものだと思います。
毎日は言えません。夕飯が遅れている日にそんな余裕はありません。言えた日だけで十分だと思います。
これでこどもが変わるという話ではありません。変わるとしたら、今日はひとつもほめられなかった、という夜のこちらの気持ちのほうだと思います。
体験のあとにはその日の様子を簡単にお伝えしています。一度見に来ていただけたらうれしいです。
毎週金曜の16時50分から17時50分に、鈴鹿市武道館の第一道場で3歳から小学6年生までが畳の上ではだしで遊びます。開講日や会場は変更になる場合がありますので、日程はお申し込みのときにご確認ください。
無料の体験ができます。体験日はお申し込みのあとで相談できるので、まず枠だけ押さえてもらえれば大丈夫です。ひとりで心細そうならお友だち・きょうだいと一緒でもかまいません。体験の一時間は見学しながら過ごしていただけます。
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