うちの子だけできない気がする
気がつくと、うちの子ではなく、よその子のほうを見ている。
同じくらいの背丈の子が、鉄棒に足をかけてくるりと回る。それを見ながら、頭の中でうちの子と並べてしまう。並べたところでどうなるものでもないのに、目が離せません。
うちの子だけできない気がする。そう思ってしまった日の帰り道は、手をつないだまま、親のほうが黙り込んでいたりします。
比べてしまう自分が嫌になる。その気持ちは、薄情だから起きるものではないと思っています。毎日いちばん近くで見ているから、小さな違いにも気づいてしまう。責めるようなことではないはずです。
「できない」は、ひとつの言葉にまとめられすぎている
できない、とひとことで言ってしまうけれど、中身は日によってずいぶん違うように思います。
やり方をまだ知らないだけの日。どこに力を入れればいいのか探している日。分かっているのに、人に見られるのが嫌で動けない日。今日はやりたくないと本人が決めている日。
全部を「できない」でまとめると、こちらが取れる方法が「練習させる」だけに狭まります。本当は、待つだけでよかった日も混ざっているかもしれないのに。
比べる相手が、ひとりに絞られていないか
目に入るのは、その場でうまくいっている子の、うまくいった一回であることが多い気がします。その子が家で何度転んだかは見えません。わが子の練習は毎日そばで見ているのに、よその子は完成形しか見ていない。それでは分が悪すぎます。
比べるのをやめましょう、とまでは言えません。人の目は、そう都合よく切り替わってくれません。ただ、比べる相手を先週のわが子に置き換えられた日は、こちらの機嫌が少し良くなるように思います。

教室では、「できた」の線を一本にしない
金曜教室は、鈴鹿市武道館の第一道場、はだしで畳の上でやっています。鬼ごっこ、しっぽ取り、ボール遊び、サーキット遊び、BOXジャンプ、かくれんぼ。
メニューの中には選択肢を置いています。右のコースか左のコースか、少し難しいほうか、やさしいほうか。どちらをやるかは、こども自身が決めます。選べる形にしておきたいのは、ひとつの課題を全員で並んでやると、「できた子」と「できなかった子」の線が一本しか引けなくなると思うからです。
やるかやらないかも、本人が決めます。「今日はやらない」と決めたのなら、それはそれでいいと受け取るようにしています。失敗して泣いてしまったときも、そばにいながら、自分で立ち上がるまで待ちたいと思っています。先に引き上げてしまうと、立ち上がった一回が本人のものにならない気がするからです。
おうちで思わず手を貸してしまうことを、責めたいわけではありません。家には家の時間があります。教室は、待つ役をこちらが引き受けられる場所でありたいと思っています。

数えていた自分を、責めなくていい
よその子を数えてしまった日のことを、悪いことだとは思いません。それだけ見ているという話だからです。
ただ、その数え方のまま一週間を過ごすと、親のほうが先に疲れます。できたかできなかったかではなく、今日はどこまで自分で決められたか。ものさしがもう一本あると、少し息がつけます。
金曜教室では無料体験を受け付けています。毎週金曜16時50分から17時50分、鈴鹿市武道館 第一道場、3歳から小学6年生まで。お友だちやきょうだいと一緒でも大丈夫です。はじめは輪の外から見ている、という形でも、本人がそう決めたのならそのまま受け取りたいと思っています。
※開講日・会場は変更になる場合があります。お越しになる前にご確認ください。
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